第75夜、残像
目についてはなれない情景というものがある。
何も衝撃的な事件や印象的なシーンを目撃したというだけではなく、日ごろ何気なく
見続けている日常の断片が、妙に食らいついて離れない。
たとえば街道沿いの看板の文句とか、車窓から一瞬見える鉄塔の先の旗の模様だとか、
そういったものが瞬時に残像としてアタマにこびりつくことがある。
私は夜の車道を歩いていた。横をびゅんびゅんと車が通りすぎて行く。
大きな黒い車が通り過ぎた。
後部座席に目が停まった・・・いや一瞬のことである。
おかっぱ頭の女の児がいた。
赤い着物を着て、真っ白な顔をした、まるで昔人形のふうに
すわっていて、
「こちらを見ていた」。
まっすぐ確かに私の目を見ていた。
単に車窓風景を眺めていただけかもしれない。だが今時あんな女の子が
いるだろうか?
瞬時にそんな奇異な気持ちと、網膜に残像が残った。
そして次の瞬間・・・車は通り過ぎたのに・・・
「残像」の中で、
女の子がにやり、と笑ったのである・・・
通り過ぎた車の残像の中で、残像の女の子が笑った。
どう説明すれば良いのだろうか。
おわかりになるだろうか。良く説明できているかどうか心もとない。
ただおもったのは、あれはこの世のものではなさそうだ、
ということだけだった。