第72夜、断片
「肉塊」
蒲田。深夜に独り残業。パソコンから目を離し、伸びをしようと顔を上げたとき、
メガネの端・・・鏡のように後ろを映し出すその僅かな隙間に、
書棚の間からこちらを窺う、
うす赤いものがうつった。
血肉の塊。
ふるえるそれには黒い毛のようなものが少し生えていた。目のようなものもあった。がっと振り返ると、もうそこには何もなかった。
だが、じきに遠くから近付いて来るサイレンの音があり、
没頭していてはっきりとはわからないが、肉塊のあらわれる前、
近くで衝突音がしたような・・・
「ぶつ切れ」
場所は新大久保。独り機械室で篭りきりの作業。端末に情報を打ち込む単純作業に、朝まで取り組まなければならない。ヘッドフォンからは激しいロックがながれ、リズミカルに投入を続ける。
気付かなかった。
没頭の余り気付かなかった。
ちらりと目を上げると、そこにアレがいた。
ダリの絵、もしくは全身プラスティネーション標本。
コマギレのサラリーマンの巨体が、立ちはだかっていたのだ。
肉塊の大小、スーツの切れ端の大小
まるでパズルのように組み合わさろうとしており、もとの姿を必死で保とうとしているようであり、
でもパーツが足りないらしく、スカスカ。
「それどころじゃねえんだよ」消えた。
その機械室はいわくがあり、子供の走る影が見えることもあったらしい。
「ピンクのカーディガン」
青山。これはいわくつきのビルでのこと。まだ新人研修で早くに会社をひけたとき。
地下の廊下を通らねば外へ出られない。隅に墓石のようなものをまつった場所があり、どうやらほんとうにいわくつきらしい。
そしてずうっと歩いて、外へ出ようとする階段へ向かう曲がり角で。
友人からひとり離れ、ふと脇道の奥を見た。廊下の突き当たりに扉があって「認証」がないと入れないところ。
「認証器械」のすぐ脇の壁に向かって、アタマを壁に付け、俯き加減に背を向ける”女”が居た。
ピンクのカーディガンを着て、ぞろっとしたスカートをはいて、ちょっと見ない古い感じの少女が、ながい黒髪を前に垂らし、額を支えに寄りかかっていた。
ああ
入りたいのだ。
誰かを、さがしているのだ。
死者も認証マシンには勝てないか。いや生前の記憶が邪魔をして、入れないと思い込んでいるのだろう。笑って友人を追った。友人を怖がらせて面白がりながら、ふと哀れな気もしてきた。
その女はたびたび目撃した。今でいえば映画、某リングの貞子のような雰囲気。あれはあるていどリアルな映画である。