第56夜、宴
学生時分、よく夜中にジョギングをしていた。くろぐろとした山並みや月明かりの畦道を友人と連れ立って走る。情趣あるといえばあるし、怖いといえば怖い。野犬の声だけが後を追って来る真っ暗闇、なんて状況もあったりした。いつも違う道を走る。
真っ暗闇の中から、どんちゃん騒ぎの声が近付いてきた。その日もいつもとは違うルートである。
「誰か騒いでいるね」
「え、何も聞こえないよ」
「いや、騒いでいる」
だんだんと近づく楽しげな話し声、ざわめきは低い崖面に沿ってしつらえられた塀の、上のほうから聞こえる。道は崖沿いに上り坂になり、程なく崖の上に至る。
あっ
友人が絶句した。
そこは墓場だった。
これは少し長いスパンの話しになる。
白菜畑の真ん中の長屋に、友人と共に住んでいた。これも学生時分の話し、飲み会の帰りで夜半過ぎることなど日常茶飯事である。ときどき、
私の目にだけ見えるものがあった。
満月の晩、ある白菜畑の真ん中に、枯れ木のような老人が、月明かりを浴びながら、
舞い
踊っているのである。
楽しそうに、酒でも入った風に。でも身は案山子のように枯れ細り、定かには見えないが、格子模様のぼろぼろの着物を着ている。
歌ってもいるようだったが声までは聞こえない。ましてや畑の真ん中だから近寄るわけもなく(そうでなくても近寄らないか)、その幻の老人は時々舞いを舞って、ひとり酒宴を行っていたようである。午前2時くらいのことが多く、新月には現われなかった。
何年かが過ぎた或る日。
白菜畑は潰された。
そこにアパートが建ち、おおきな駐車場がしつらえられた。
学生であった私は卒業も近くその地を離れるのも遠くない。卒論が終わって酒宴が続いたある晩。もう朝方近くに、私はかつてあの独り宴の繰り広げられた畑があった、アパートの前を通った。
しんとした駐車場で、何か動くものがある。
あっ
あの老人がいた。
骨と皮の老人が、固いコンクリートの上で、かつてと全く変わらぬ様子で、一献傾けては舞っている。満月の明かりが乾いた肌を照らして白々としている。
楽しそうだった。
ああ・・・まだいたんだ。
・・・
私は嬉しかった。