第90夜、つよいひと

常陸の国土浦城主土屋家が家臣、小室甚五郎は剛勇の誉れ高く武芸に秀で鍛練を怠らず、

特に鉄砲を好み山野を駆け巡り猟に出ることを唯一つの楽しみとしていた。

土浦に当時雌雄二匹の狐が棲んでいた。名を官妙院、お竹といい地元では稲荷社を建てて

崇めていた。

妙日甚五郎、いつもの如く鉄砲を肩に近隣の山野を跋渉していたところ、偶然、お竹狐に

でくわした。

甚五郎は自慢の腕前で、此れを撃ち殺してしまった。

家に帰り、早速料理して酒の肴としてしまったという。

するとまもなく近隣の他国領内の農家の妻が狐憑きにあった。出たは雄狐「官妙院」、言葉

極めて甚五郎を罵る。

夫はじめ村中の者が集まり、官妙院に向かって言った。

「それ程小室甚五郎様が憎いのなら本人に取り憑くのが道理。民が稲荷の使いとして崇める

貴方がなぜ縁もゆかりもない他国の者をこのように苦しめるのでしょう」

口々に非難を受けると、官妙院が言うには、

「甚五郎に取り憑くなど滅相も無い!我が妻を危めた挙げ句酒の肴に食ってしまう、凄まじき

人間に取り憑くことなど到底出来るものではない。今では土浦領に入ることさえ恐ろしく、仕方

無くこちらに来て縁無き妻に取り憑いたのだ。不憫に思って、ドウカ憎き小室甚五郎を殺して

下さい」

ということであった。

甚五郎の耳にもこのことが伝わった。烈火の如く怒った甚五郎、役人に事情を説明しその農家

へ赴くとコウ言い放った。

「狐畜生の分際で人に取り憑くなど不届き千万。増して当の我に憑かず他国の人を苦しめるな

ど誠に許し難し。直ちにその女から離れよ。もし離れ無くば我は主人に願い稲荷の祠を打ち壊

し、更にどれだけ月日がかかろうとも毎日精進して草の根を分けてもお前を探し出し、見事撃ち

殺して呉れようぞ」

仁王立ちで大声で罵ったあと領内の祠に向かい、同じように罵ったところが、それに驚いたので

あろう、狐は直ちに落ちて、二度と姿を現さなくなった、という。

(「耳袋」より)

・・・今でも「憑き物」に対してこのような疑問が投げかけられることがある。なんで恨み千万の

当人に取り憑かないで、周辺の他人に取り憑くのか。つよいひとは結句霊の世界でもつよいもの

なのだろう。