第85夜、離脱

ハッキリした経験が一度だけある。小学校高学年のころ、風邪で寝込んでいた夜。
いつのまにか、まっくらな室内に、立っていた。ふらふらと足も立たないはずなのに、立っていた。
鼻をつままれてもわからない暗闇の中。ふと背後の寝床のほうから、
「物凄く怖いモノ」
が飛び掛ってきた。うわっと逃げ出し、二階であったから、階段を駆け下り家族のいる居間に向か
おうとする。が、急な階段の途中でふっと足を踏み外してしまった。すると、体が浮いて、
ふあーっと、
雲のように落ちていく。でも「何か」は追ってくる。浮いたままで廊下に降り、滑るように逃げる。
狭い家だから扉はすぐだ。その扉の下から明るい光、賑やかな声が漏れる。そのとき気が付いた。
あきらかに視界が低い。扉の下の狭間からすり抜けられるほどに低い。「何か」はもうすぐそこ
まで迫っている。気を失った。最後に耳に残ったのは、姉の軽口だった。
翌朝、スッカリ回復した私はちゃんと寝床の中で目をさました。
それでも重い足をひきずるように階段を降り、居間で姉に尋ねる。昨夜、こんな話をしていなかった
か?
答えはYES、それが幽体離脱と呼ばれていることを、私はずっと後になって知った。
ただひとつの疑問、それはあの「怖いモノ」が何だったのか、ということだが・・・