第74夜、南島のお岩さま

沖縄は血気盛んな島々、ウラミつらみの話も数多く、ヤマト(本土人)との争いやヤイマ(八重山)
との争い、ましてや大日本帝国の前哨となり壮絶な地獄絵を展開した場所であるから、このての話
、枚挙に暇が無い。ここでは古典的な話を取り上げよう。琉球三大歌劇のひとつ、ハンドゥ小(グ
ワー)の怨恨の物語だ。

本島北部に向かう途中、国頭村という山海に恵まれた地がある。辺土名という所に住むハンドゥ小
はとても器量良しの娘であった。母や従姉妹のマチ小らと静かに暮らしていたが、ある日、伊江島
の加那という青年が難破して流れ着いたところを助けた。青年も色気有る風だったから看病するう
ち、二人の間に深い仲が結ばれることとなった。持ち直した加那はしばらく村にとどまるが、契り
を重ねるうち、ある日突然、姿を消してしまう。
島に帰れば女房もいる、家族持ちの男だったのだ。
可愛そうなハンドゥ小はその意もわからず精神を蝕まれ、ただ一途に、うわごとのように男の名
を呼びつづける。
加那
加那
それこそ恋の病、妻に無理やりにも連れ戻される加那の姿を夢にも見、マチ小は旅の男の気まぐれ
を忘れさせようと苦心するが、いてもたってもいられなくなったハンドゥ小、伊江島に渡って加那
の気持ちを確かめたいと打ち明かす。マチ小は伊江島にわたる船頭さんに頼んで、連れて行っても
らうよう計らってやった。
島々がたとえ目と鼻の先でも言葉すら違うところ、伊江島のハンドゥ小にも他島者への冷たい目が
注がれて、青年たちにからかわれながらも、村頭のはからいで加那に会うことができた。
だが加那は冷たかった。
話もそこそこにさっさと逃げ去ってしまった。
それ以上に加那の家族の仕打ちは無情なもので、打ちひしがれたハンドゥ小はモウ死に場所を求めて
さまようところを船頭に止められる。船頭は逆上して櫂で打とうと追おうとするが、逆に制されて、
ただ慰めの言葉をかけながらひとまず自分の家に連れ帰る。
夜中、ハンドゥ小は抜け出して、城山の奥に入ると、生地辺土名の方を向いて首を括ってしまった。
ハンドゥ小の変わり果てた姿を見つけた船頭とマチ小、連れ来たことをしきりに悔やむが後の祭り。
ハンドゥ小のお骨は故郷の見える島の端にひとまず葬られた。

さて暫くたって加那が謎の病に臥すようになる。故郷にお骨を戻すため来島した船頭とマチ小、
加那にただの一度だけでもハンドゥ小に弔いの声をかけてやってくれないかと頼もうとするが、
加那の容態を案じる地頭に追い返されてしまう。地頭は飯ものどを通らぬ加那に無理に飯を食わせ
ようと勧めるが、そのとき城山のほうから、
確かにハンドゥ小の声で、唄が聞こえてくる。
加那は苦しみと恐怖で身悶えた。食事に手を付けんとすると器から妖火があがり、障子の向こうに
ハンドゥ小の影が現れる。
すると加那の目が潰れた。
恐れ泣き喚く加那は地頭にすがりつき、大刀を抜いた地頭、亡霊めがけて振り下ろす。
ぎゃあっ、
ばさり。
倒れたのは加那の妻であった。
再び姿を見せた亡霊にも錯乱した地頭、咄嗟に斬りかかる。
いやあっ、
ばたり。
それは自分の娘であった。
二体の屍を前におののく地頭と加那、更に飼っていた家畜が次々と死んでゆく。下男たちは恐れを
なして逃げ去ってしまう。
騒動を聞きつけて引き返してきた船頭はこの地獄絵図を目の当たりにして、思いを唄に叩きつけた。
天と地や鏡
人の罪罰や
あたて此の形
なたさやー男
・・・
その屋敷跡は今も公園として残っている。地頭の家の廃墟もその裏に残骸をさらしている。
米軍の猛攻に凄惨を極めた島の中にただ古い恨み話を伝えるハンドゥ小の銅像は不気味な鈍い輝きを
放っている。
公園の前には、錆びた魚雷が無造作に転がっていた。
(参考、琉球孤沖縄の観光と伝説:沖縄トラベルサービス社刊)