第七夜、朝の亡霊

もう起きなきゃならないのに、何だコイツ。

取調室のようなところにいて、こちらは刑事のように、ぶすりと座っている。

相手は若い?女性だ。俯きかげんで、ぴくりとも動かない。細面で頬はこけ、黒々とした髪は長く、ひどくうなだれるようでじつは真っ直ぐにこちらを見ている目玉は、中に埋もれて辛気な景色だ。石膏像のように無機質な顔形が印象的で、ああ、能面みたいだな、と思っていた。

退屈だった。女は自分のことをえんえんと語っている。薄い唇を僅かに震わせながら、北風のような声で囁いている。でも内容はよくわからない。支離滅裂ではないが、少なくとも興味のない話し。辛気臭い。

灰色の室内にわずかな灯りが灯り、少しずつ白みかけた小窓の外は、爽やかで澄んだ空気をたたえている。もう起きなきゃならないのに。

でね。

でね、という言葉だけが、妙に耳につく。でねの多い語り部だ。私は椅子をぎしぎしと揺らそうとするけども、立つことはできない。何故かその場を離れない。ぼそぼそ、ぼそぼそと話しは続いた。

そのうち、窓から一条の光が射した。

・・・ほんとうの窓からも、一条の光が射した。

私は目覚めた。

壁を背に横向きに寝ていた。目覚ましも無しに覚めるのは久しぶりだ。気持ちの良い天気を期待して、カーテンに手を伸ばした瞬間、雀の声とオーヴァーラップして、背後から・・・壁から、変な声がするのに気付いた。

ぼそぼそ、ぼそぼそ。

正確には気付いたのではない。

「続いていた」のだ。

振り向きざま、ぎくりとした。いきなり壁の、私の頭と同じ位置に、同じく横向きに、「顔」があった。

石膏のように白い顔が、壁から産まれ出たかのように、ぷくりと盛り上がって、細い口元を、ぱくぱく、ぱくぱくとさせながら、言ったのである。

・・・でね。

(すぐに消えた。爽やかな朝に、何ちゅう奴だ、と思った。それきり二度と出なかったが、「コイツに言ったってしようがない」とでも思ったのだろう。)

・・・

曰く因縁などどうでもよい。そんな感じがあって、余程身近な人に関することでない限りは、原因を調べるようなことはしない。大抵は勝手に来たものだし、出てこられても「何じゃそりゃ」で終わる場合が多くて、すぐに忘れてしまう(じつは今朝もあったのだけれど、風邪の腹痛と共に忘れてしまった)。見る人間には共通の感覚だと思うのだけれど、それほど感情移入無しに冷静に見てしまうから、人に語るとき、虫か何かの「観察日記」のようになってしまう。

恐怖噺としては面白くならないのだ。

ただ私個人として「面白がる」感覚というのがある。常人には理解し難いその存在の「突飛さ」に惹かれる。たぶん他にもそういう方はいるだろう、という気持ちで、ただ漠然と「起きたこと」を書いて行こうとしている。そう、本来日本の怪話録というのはオチも何も無い噂話のようなものが多いのだから、許されることだろう。

モデルは根岸某の「耳袋」か。

*ちなみに本編、昔学生時代に日記として書いていたものをベースに作成しています。文章力の至らなさはつくずく実感しておりますが、何とぞご容赦を・・・