第64話、枕がえしのこと

「枕がえし」は妖怪とされることもあるが、たいていは寺屋敷にて仏壇や神棚に足を
向けて寝たり「北枕」で寝ると、夜中必ず変事に遭う、又はうなされ、朝目覚めると
決まって逆の方向を向いているといった話であり、
実体は誰も見たことが無いモノである。
栃木の大中寺は江戸時代には大寺で知られた古刹で、参道の杉並木は見事なものだが、
今もくっきりと残る「七不思議」で有名である。本堂の脇窓から奥を覗くと、薄明かり
に照らし出される奥の間が見えるが、そこが「枕返しの間」である。ここで一宿を
借りた者のすべてが上記の変事にあい枕を逆に返されたという伝説がある。
「北枕」は庶民の間では死者の頭位として忌まれた。キタマクラという猛毒を持つフグ
がいる。縁起が悪いとされたのである。鬼門に頭を向けて寝るのも良くないとされた。
なぜなら北東は死者の向かう方位、鬼の来る方位であり、寝ている間忘我の間に体を
取られてしまうからだ。私自身、小学生の折、「枕返し」にあったことがある。北枕
が何でいけないのか、試しにやってやろうと北向きで寝た。その晩、胸の上に重いもの
がのしかかり、奇妙な悪夢を見つづけた挙句、朝になると頭は南向き、枕に足を乗っけ
て寝ていた。以後、北枕は怖い、とずっと北だけは向かずに寝てきた。たとえぎゅうぎ
ゅうの山小屋であっても、フェリーの二等船室であっても。
ついこの間、「北枕」がなつかしくなり、ためしに北を向いて寝た。
・・・何もなく良く眠れた。さびしいものだ。(1991記)
そして今、北東の鬼門を向いて寝ている。不眠症で大変だ。(2000補記)