第59夜、地獄の犬

盆の夜、庭先には先祖の霊を迎える提灯が灯っていて、横では曾祖母がお経を唱えている。まだ
小学校に入るか入らないかのこと、経が進むうちに疲れてきた。そんな矢先、ふと振り向いた。
背後の壁。
大きな「犬」の形をした、「何か」がいた。
今にもこちらへ飛び掛らんとしているように見えた。
それは家にある犬のぬいぐるみにそっくりだったけれども、影のように蠢き恐ろしげな顔つきで
唸り声をあげている・・・
「怖い!」
曾祖母にしがみつき、声をあげて泣いた。ところが曾祖母は平然と頭をなでて、なだめるだけであ
った。しばらくし、泣きながら恐る恐る振り向くともう、そこには何も無かった。
曾祖母はそれが先祖の帰ってくる先触れだということを知っていたのだろう。だから平然として
いられたのだ、と彼は後に語った。

「異界」の存在を示唆するようなできごと。何か「裏」の世界のようなものがこの現実の世界とは
別に存在し、そこからの来訪者が不意に現れ、不意に消えていく。たとえばその解禁日のようなもの
が「盆」である。1990記

・・・黒犬の話(「怪物図録」参照)はイギリス・ドイツを中心にヨーロッパに広く伝わっている。
しかし別項にも書いたとおり私自身黒犬の奇妙な襲撃?を受けたことがあるし、このような話を聞く
につけ、地獄の番犬「アケローン」はしょっちゅうこの世に顔を出しては生者にちょっかいを出して
いるのだろう。