第54夜、クリーム

直入にいきましょう。

雪山で、小さな小屋にとまっていました。

窓は木で打ち付けられ雪に破られないようになっています。

・・・深夜、ドウモ寒い。スー、スー風が通る気がする。

目をあけて窓を見ると、何とすこうし開いているみたいなのです。

そこに、ゴム手袋のようなものが掛かっている。

変でしょう。だって打ち付けた木はどこへいったんです。中から開けない限り、

窓は開かないし、窓際の人たちはぎっしりと床を埋め尽くし、ごうごうと鼾をたてて憚らない。

誰があけるんです。

そしてアノ白いゴム手袋は何です。

開いた窓の・・・5センチくらいですか・・・間から、だらりと床を向いて引っかかったような手の形。いえ手ではないんです。てらてらと艶があって、生気の無い、無機的な感じがしたもんです。余計に不気味でしたよ。

だれだあんなところに手袋干したのは。

と思うことにしましたね、ゴム手袋して冬山登る馬鹿もいないだろうに。

シュラフに頭を突っ込んで、最小限の顔だけ出して紐を締める。そうしてなるべくスースーいう隙間風をよけようとした。

でも、どうしても気になるんですね。

天井を向く視界の下のほう、足の方向。窓際の、あの隙間と手袋ですよ。

ちょっと・・・延びてないだろうか。

手袋が、少し長くなってるンです。

最初は、窓の隙間から5つの指をだらりと下げるような感じだったのが、手の甲あるでしょう、それが全部見えるくらいに垂れ下がっている。

普通手袋なら、重みで落ちるくらいの長さなんです。

手長手袋なんて無いでしょう。普通手首で納まるものが、あの長さだと肘まで・・・肘まで?

伸びてるんですよ目の前で!!

だら、だら。

ずーっと音がする気がしましたね。下目使いで、ただでさえ零下二桁に近付こうってんのに輪をかけてぞっとしましたよ。

生クリーム、あるでしょう。

マヨネーズみたいな口をつけて、ぎゅっと押すと、

だらりと濃ーい粘着質のクリームが流れ出て来る。

そんなかんじで、「手袋」の手首部分が伸びていくんです。

てらてらと光沢のある「手袋」が、力感の全く無い手指を床に向けて、窓際から桟、柱に沿って、ぐぐ・・・と伸び落ちていく。

やけに白いから、クリームをおもいうかべたのかもしれませんね。空腹に苛まれる山行ですからそう思ったのかもしれませんが、肘も肩も無いのですね。人間だったら当然肘も肩もあるべきところも膨らみも引っかかりもせずにおんなじ太さで、大蛇のようにずるずる流れ落ちていく。「手」が、窓際の人の頭の後ろにたっして、視界から消えたんです。

「うわっ」

声がしました。何かされたんでしょうかね。窓際の髭面ががばりと起きて、額をさすっている。あれ、いつのまにやら手は消えてます。窓も、閉まってます。

その見知らぬ人には何も聞きませんでしたし、こっちも言いはしませんでした。

お互い気持ちの良いはなしじゃないし、その後の行程もあるンだから、縁起でもないことはいいっこなし。

・・・ですがね。

後で聞いたんだけど。

その小屋・・・数日前に、かつぎこまれた人を一晩置いたそうなんです。

「置いた」・・・そうね。凍死者です。

真っ白だったそうですよ。全身の肌が、ね。

・・・手、も。