第四十九夜、電話代

手短かに話すとこうなの。

先月から電話代がバカ高くなって。

3万とかいくのよ。

それで・・・

・・・

要は、電話をかけてたの・・・あのオトコらしいの。

明細とったら、真夜中よ、あたしの寝てる間に、何度も何度も、

・・・

何十回も・・・

そこで話しが途切れてしまった。泣きじゃくるのはいいけど、ここ喫茶店だからなあ。

私は彼女がつきあっていた男を知っている。

痩せて背の高い、でもあんまりぱっとしない顔立ちの男で、紹介されたときも、

ああ、あんたが高校の

初対面でタメ口。しかも無口、実家ときた。まあそれはいいんだけど、話が見えない。その彼氏とは大ゲンカして、それきり戻ってこなかったって(半ば彼女の部屋に住んでたってワケ)言ってたのが2月。もう半年以上前のことだ。

・・・ストーカー?

・・・でもあんたが振ったってわけじゃないし、そいつが勝手に出てったんでしょ。鍵だって変えたって。荒らされてた、なんてのもなかったわけでしょ。

そんなんじゃ、ないのよう・・・

ソバージュ気味の髪先を揺らし、覆った手の平の下から、小声が漏れる。

あいつ、確かに・・・確かに・・・

見たの?

・・・相手先って、全部、アイツの「実家」だった・・・

どうも話が見えない。場所を変えようよ、と言って席を立ちかけると、右腕を抑えられた。

行かないで・・・怖い。今日、泊めてくれる?

え、別にいいけど・・・

もう夜も近い。一緒に彼女の部屋へ行き、それからうちのマンションへ戻る。

少しワインが入ると、彼女はいつもの能天気な調子に戻っていた。私はほっとした。それまでずっと、地面ばかり見ていたから、何かあるには違いない。その、彼氏の問題だけじゃなくて。

・・・それでさあ、ユウヤのやつ、馬鹿じゃない、あんなツラして何カッコつけてんのって、ケンジのほうがマダましだよ!・・・

意図的に話しを逸らしている。ふとそんな気がした。

お酒が深まると、自然と彼氏の話しになる。彼女はあれ以来ちゃんとつきあってる相手はいないらしい。私の話しをひたすらしおわって、まああんまり面白くない話しだったんだろう、旅行に行った話をおわって気が付いたら、すうすう寝息を立てていた。

ちゃんと寝ようよ

背を揺らしテーブルを片づけて、床に布団をひいて、彼女にはベッドを譲ってやった。

消すよ

・・・待って。

何?

消さないで。消さないで・・・。

ふと、変な会話だな、と笑ってしまった。

やっぱ消すよ。私消さないと眠れないから。

かちっ。

・・・しばらくたったときだ。上のほうから、すんすん、すんすんとすすり泣く声が聞こえてきた。

そんなに嫌だったのかなあ。

ちょっと・・・大丈夫?

・・・あいつ、ね。

か細い、小猫のような声だった。

あいつ、

あたしが殺したの。

あの夜、あいつ、二股かけてるってわかったとき、

あたしもうどうしたらいいかわからなくなって、

パニクって・・・

きがついたら、

刺してた。

あいつの胸って、あったかい。

あったかい胸が、どくどくどくどく、

あったかいものを出しちゃって、出し切っちゃって、、、

つめたくなっちゃった・・・

妄想癖のあるタイプだとは思っていた。派手な衣装に派手な化粧、飾り物をごてごて付けるタイプだ。でも、これはあるまい・・・

ちょっと!

かちっ。

電灯の下で、彼女は胎児のように丸まって、泣いていた。

頬を掻き毟る指先から、血が滴っていた。

何いってんの?

・・・アイツは川にいるはずなの。まだ見つかってないだけ・・・

ちょっと!

肩に触れた瞬間、びりっとしたものが流れ込んできた。思わず手を引っ込める。息が白い。

声もたてなかったし、綺麗に掃除したし、誰にも見つからなかった。でも、先月から・・・ケイタイしか使わないのに・・・電話代が異常に高くなって。

そもそも電話代のはなしだったことを思い出した。

明細をとって見たら・・・夜中の2時半・・・あたしが殺した時間・・・アイツの冷たくなった時間・・・それから何十回も。

ねえ、そいつの実家知ってるの?

実家に電話してみようよ。

多分、いるって。

・・・いないよ。

かけたもん。

「ピピピピピ」

ふと電子音が流れる。

電話だ。彼女のバッグからしている。

「電話・・・」

「やだ、消して!」

「・・・」

私は無言でバッグに手を伸ばすと、ケイタイを取り出した。半年前のプリクラを剥がした痕が、ぶるぶるとふるえている。

「・・・はい」

「やだ、出ないでよう!!」

彼女はトイレに駆け込んだ。

そして、

私は生まれてはじめて、

”幽霊”の声を聞いた。

・・・確かに、”アノ”男の声だった。

「おい・・・

・・・何で、

なんで帰って来ないんだ」

・・・発信元は、

彼女の家の、電話だった。

(さあて本当なんですかね。男の情念ちうものを甘く見てはいけない。いけないんだけど・・・ストーカーじゃないのか、やっぱり。殺したってのは彼女の中で気持ちを納める為の「死んだ」っていう思い込みで・・・なあんて分析する人間ってやなヤツだよな。)