第四十四夜、”いくじ”のこと

(1990記)

西の海や南の海 にいるという生物。

時に船の舳先などに掛かる。うなぎのような色、その長さ計り知れず。舳先に掛かると二日、三日も続けて掛かり、いつまでも動いている。故、何十丈何百丈というほど限りない。俗に「いくじなき」という諺は、これから出たのだろう、とのこと。

「耳袋」巻の三(根岸某著)にある話。耳袋にはこのような怪物の話しが幾つか収録されている。これを「昆布だ」とか「ごかいやミミズの類だろう」と言ってしまっては面白くない。江戸の怪話集には、あきらかに編者もわかって収録したような偽話も、よくある。虚も実もおりまぜて、ああ面白い、と言う。江戸はそんなおおらかな時代でもあったのだ、と思う。この「いくじ」の話には続きがある。

(伊)豆州八丈の海辺などには、「いくじ」の小物のようなものがいる。輪になっていて、うなぎのようで、目も口も無いのに動いている。それゆえ船の舳先に掛かるたぐいのものも、長く延びて動くのではなく、丸く輪になって動くものです、と或る人が言っていた。どちらが本当なのかはわからない。

言うまでもなく、他に害は与えない・・・・・・・・・ということだ。