第四十一夜、背負い犬

シュツットガルト(ドイツ)西南二十キロの所にデーフィンゲンという集落がある。その近くの山の頂きには山城の廃虚があり、昔からそこに財宝が埋もれているという噂があった。

1860年頃、勇敢な男達が夜中に発掘してみたところ大きな箱が出た。しかしいざ宝箱を盗み出すことに恐怖を感じた男達は放置したまま引き上げることにした。

ところが其の中のひとり、こっそり宝をせしめようと、後日城を訪れた。

「何だ?」

箱の上に、真っ黒なムク犬が一匹、腰を下ろしている。男はたじろいだが、めげずに犬を退け、箱の中身を盗み出した。ずらかろう、という時、不意に、犬が背中に飛び乗ってきた。男におぶさる形で、しがみついたのである。男は恐怖の余り、全身を細かく震わせながらも、黒犬を背負ったまま、家まで辿り着いた。犬は家の中までは入ってこなかった。

しかし男は、八日目に死んだ。

「黒犬」はドイツをはじめとして、イギリスなどヨーロッパ各地に顕れた妖怪。イギリスでは不幸をもたらす悪魔の使いとされるが、ドイツでは三本足の白犬の形でも現れ、うっかりからかうと背中に飛び乗って、次第に大きくなり、一歩も動けなくなってしまう。児泣き爺のような話だ。


出張より久しぶりに家に帰り、落ち着いた二晩めのこと。久しぶりで寝付かれず、あげくのこと。夢の中で全く違うシチュエーションの全く違う人物になっていた。それはよくあることなのだが、女性だった。どこかの住宅街に住んでいて、隣家の犬を預かることになった(職業的にそうだったのか、主婦で付き合い上のことだったのかわからない)。それが巨大な毛むくじゃらの黒いむく犬。

不気味な感じ。

噛みはしないが邪悪な感じがして、手に鼻を押し付けて来る。そして、徐にごぶごぶと、我が腕を飲み込みはじめたのだ。

「起きたく」なった。

もがきなんとか目を覚ます。こういうのを自覚夢というそうだが眠りが浅ければよくあることだ。

しばらく自分が「現実の自分」と一致しないことに戸惑い、やがて「現実の自分」をしっかりと思い出して来るにつれ夢は去って行く。が、

ふと、身体が床に叩き付けられる。

金縛りだ・・・視界に毛の塊のようなものがボコボコと沸いて来る・・・「黒犬」だ・・・だが、

金縛りを「力づくで」解く。解けた。

ハッキリ目覚める。

壁を向いていた。壁の中に白い丸いボタンのようなものがあって、まるで水銀の滴り落ちた玉のような感じだった。すぐに壁に吸い込まれるように消えた。実にはっきりと見えた。

「ボタン」は、私が完全に覚醒したため、壁の中へ退却した、その身体の一部分がたまたま目にとまったもののように思われた。

その本体は、「黒犬」だったのだろう。

壁の向こうを走り去った黒犬は、今度はどこの家の寝室に、顔を出すのだろうか。

(1990/1994記)