第三十五夜、チュパカブラスのこと

(1994記)

中南米で最近(当時)、家畜や人間を襲う謎の生物、チュパカブラスが話題になっている。プエルトリコに始まり、メキシコ全土に広がっているらしい。襲われた生き物は首筋に噛み傷を持ち、失血するだけで肉は食われた形跡が無い。吸血鬼として怖れられ、山羊を羽交い締めにして首に食らいつく、嘴と爪を持ち首をめがけてとびかかる。最近のひどい干ばつで、山からおりてきた野獣がその正体ともいうが、現地の人はそんな生き物知らない、と言う。一見、例のキャトル・ミューティレーション(北米各地で乳牛を殺し、丸く綺麗な孔をあけ血を抜く事件が多発。悪魔崇拝の仕業だろうか)が思い付くが、傷口が明らかに「噛み傷」であるところが異なる。不思議なのは数ヶ月前(当時)、プエルトリコで話題になっていたのが、今やメキシコ全土に広がるという、海を越えての伝播になっているところで、これは口伝えの広がりかたに良く似ており、その末端における大部分は既に存在した肉食獣が食糧不足ゆえ引き起こした事件を「読み替え」ただけと思われる。冷静に考えれば既存の事物でカタがつくものを、激情短絡的に「吸血鬼」のせいにする、といったことなのだろう。

しかし元々のプエルトリコの話しは、今のようなバリエーションに富んだ、キバを持ちイヌくらいの獣、くちばしを持ち上からとびかかるもの、直立して手で獲物をつかみ食らい付くもの、いずれでもなかった。単なる小さな直立獣で夜行性、そして家畜を襲う肉食性の奇妙な生き物、ただそれだけだった。・・・これこそ、UMAといえるだろう。

現在は沈静化にむかっているようだが、名前は伝説として残り続ける。きっと妖怪精霊の誕生はこんな形だ。