第二十夜、夢魔のこと

真夏の夜の話。

別に寝苦しくも無い夜だったが、明け方頃、不思議な夢を見た。布団の上に寝、窓からの薄明かりをうけてウトウトしている私の前に、不意に半裸の女が現れるのだ。

まどろみの中、そのことに別段不思議も感じなかった。

何故か顔には斜が掛かり良くわからない。しかし、ショートカットの若くて痩せた女だということはわかった。

それが私の上にゆっくりとしなだれかかってくる。

そして誘うように身を摺り寄せて来る。

まどろみの中で、それは微笑んでいたように思う。

私はなすがままにされるのみであった。灰白色の世界の中に妖しい気配が満ちてゆく。熱い吐息が耳をくすぐる・・・

ぺたり。

徐に、何か冷たい「蝙蝠」のようなものが、私の額に貼り付いた。

私は女の方に興味を取られて全く気にも留めなかった。

だが女は俄かに態度を変えた。

私を押し離すと、立ち去ろうとする。引き止めようとしたが、先ほどまでの態度とは打って変わって、まるで汚い物でも扱うように、突き放そうとする。もがき、何とか私の手を振り切ると、窓とは逆の闇の方へ、飛び込むように消えてしまった。後には、刺々しい表情だけが残っていた。

薄明の中で落胆した。つけっぱなしだったラジオが、何かをかたり続けている。より深い眠りに入るのにそう時間はかからなかった。その後、私は別の夢を見た。そして、朝が来て、目覚めた。

薄明の中のできごとはすっかり忘れていた。

朝日の中で、何気なく額に手をやった。異物感があった。

平たく、軽く、そして少しひんやりとした感触の、「蝙蝠」位の大きさのものが、まっすぐに載っていた。

手にとって朝日にかざし、はっとした。

それは、高野山の「御札」だった。

裏には私の名が朱で記されている。祖母が買ってきてくれたものだ。寝床の頭上の壁に、貼り付けてあったものだった。

剥がれて落ちたのは間違い無い。額に巧く命中したことも、そう不思議なことではない。

しかしその時私は薄明の中での出来事が脳裏にまざまざと蘇るのを感じていた。

ラジオが歌を口ずさんでいる。手を伸ばし消した。朝方の幻の中でラジオから流れていた声の主のことが、頭に浮かんだ。あれはたしかFの声だ。しかしFはラジオなどやっていないはずだ。矢張りあれは夢だったのだ。

そう思いながら寝床を後にする。

昨日の夕刊が目に留まる。ラジオ欄を見ると、その夜は特別にFがパーソナリティをつとめていたことが、わかった。

あの出来事は、完全な夢ではなかった。少なくとも「耳」は起きていた。「耳」・・・その時、私はあの夢の中の女の「吐息」が、Fの笑い声と一緒に、再び頭の中に響き渡るのを感じていた。

「耳」は、起きていた。

・・・これは高校生のころの体験である。

西洋には男女の夢魔がいて、思春期の男女に姦淫を及ぼす。中国にも亡霊が夢を借りて若い男又女のもとに通い、精気を吸い取ってゆく噺がある。

そして日本にもこのような話しは必ずあったはずだ、と思う。

現に・・・