第十五夜、鍵

新しく借りたアパートは、5部屋の並びすべてが空き室だった。扉の番号を確かめると、大家から渡された鍵を差す。ところが、どうやっても入らない。合わないのだ。大家の間違いかもしれない。ふとどの部屋の鍵と間違ったのか気になった。どうせ空き部屋だから、と左の端から差していく。だが合わない。最後の右端の扉に鍵を差す。すると、かちゃり、と音がして、開いた感触があった。

だが何か開けるのがためらわれて、締め直すと大家のところへ向かった。

大家は怪訝な顔をした。間違っていないというのだ。押し問答の挙げ句、大家とともに部屋へ向かった。大家がさきほどの鍵を、借りた筈の部屋の扉に差し込んだ。はたして扉は開いた。ぶつくさ言う大家を尻目に、首をかしげて部屋に入り、引っ越しをはじめた。

手伝いの友人たちを送った後、部屋に戻って鍵を差す。すると、また合わない。もう夜になっていて、洒落にならない。曲がっているのか、扉のほうが壊れているのか。大家のうちに行く。すると先ほどにも増して不機嫌な顔の大家は、スペアキーを投げ渡してきた。2本の鍵を手に、アパートへ戻る。自室の扉にスペアの方を差してみる。

だが、開かない。奥までも入らない。

「・・・」

何かが聞こえたような気がした。ふと昼間開いた気がした右端の部屋に行ってみる。なんだかわからないが、大家の意地悪かもしれない。これで開いたら、開け放したまま呼んでこよう。

かちゃり。

・・・開いた。ノブを握る。右一杯捻ると、たしかに開く感触があった。

「・・・」

何か聞こえる。扉の向こう?

ぞっとした。ノブから手を放すと、開けずにそのまま、大家の家に向かおうとした。

「・・・こっちよ」

背後から、確かに声がした。

振り向くと、

扉が、ぎい、と開いた。

中から青白い手が、ぬるりと突き出し、

手招きをした。そして

隙間の暗がりから、

「こっちで、いいのよ・・・」

という声が、呟くように聞こえたのだ。

ぎゃっ、と叫んで逃げ出した。

遠目に振り返ると、アパートの前に、地味な服装の女が立っていた。じっと、見ている・・・

翌日すぐに解約した。安い部屋などろくなことはない。不動産屋を入れないから安いのだと思っていたが、違った。そのアパートで、夫に逃げられた中年女性の自殺があったということを、あとで知った。

(こんな話しを書いていると寄ってくるのだ。・・・今、左肩に手をかけている!さっきも隣の小部屋でがさがさ音をたてていた。さすがにコワイ。)

ちなみに私の体験ではないので念のため。。