第100夜、屍桶の因果

百物語の仕舞いに、江戸の因果噺でもしよう。

明和の昔、吉原は三日月お仙、浅草の水茶屋お仙と並んで江戸三お仙の

一人に推されたのが、谷中は初音町の笠森お仙であった。今にも名を残す

谷中は大円寺、笠森稲荷境内の茶屋娘を描いた鈴木春信の錦絵が大評判

をとり、一目その「お仙」を見ようと押し掛ける人々で店は大繁盛。現在永井

荷風の笠森阿仙之碑がひっそりと建っている。お仙がつとめていたのは

本当は大円寺でなく天王寺福泉院(現、功徳林寺)境内の茶屋だったというが、

笠森の名を大円寺にあるカサブタのカサ守稲荷とかけて戯れたものである。

美女の代名詞として長く名を残したお仙であるが、生まれつき不幸で一説には

死も悲惨であったという。

お仙の父は草加の名主だったが博打に身を持ち崩し、身包み剥がれて尚の

挙げ句、三人娘の長女であるお仙を吉原へ叩き売ろうとした。それを見かねた

鍵屋太兵衛なる茶屋の老爺、お仙の美貌に二十五両で引き取り養女とした。

何しろ一枚絵になる程の看板娘、鍵屋はたちまち評判となり近在の若衆の

立ち寄り処となる。米団子のかわりに土団子を出しても千客万来だったとい

うからめでたしめでたしといきそうだが、

一方名主の父は残り二人の娘も叩き売ってしまい、遂には盗みや騙しを行う

ようになった。

そしてひょんなことから、甥を殺してしまう。

死骸は「桶」に詰められて、千住大橋からドボンとやられた。

だが程なく悪行が露呈した名主、

刑場の露と消えた。

「桶」の因果はここより始まる。

・・・

次女のお三輪は男に騙され、自害してしまった。

仏さん、どうするかねえ。

桶にでも入れて埋めてやんべえ。

そのとおり、桶に詰められて、埋葬されてしまった。

・・・

三女のお富はふいと船から落ちた。

誰か落ちたぞう

どこだどこだ

見えねえ

だれだだれだ

この流れじゃ駄目じゃろう・・・

翌朝、死骸が上がった。その姿たるや意表をつくものであった。

なぜか、桶に入った形で浮かび上がったのである。

亡くなった二人、いずれ劣らぬ美女であった。

・・・

お仙だけは生き残って我が世の春を謳歌していたが、茶屋に通う中川新十郎

なる佐竹侯の家臣と懇意になる。この美青年とお仙は人目を忍ぶ仲となった。

だが面白くないのは養父の太兵衛である。一説にこの老人、お仙に道ならぬ

思いを寄せていたといい、二人の仲を知ると怒りを露にした。

驚いたのはお仙のほうで、何とか養父を説得しようとするものの話のわかる

状態ではなく、どうしようもない。お仙は新十郎と手に手を取って、逃げ出して

しまった。

お仙のいない茶屋は客足もパッタリ途絶え、娘も金も失った太兵衛は狂乱し

お仙ようー、お仙ようー

と叫びながら、江戸中を歩いて廻る始末。

やがて浅草に小さな居を構えたお仙を発見、暴れ入る養父に取り乱したお仙、

逃げようとして台所のヌカミソ桶に足を突っ込み、転んでしまった。

両の手で土を掻くお仙に取り縋った太兵衛、鬼のような形相で白い喉元にかじ

り付くと、真っ直ぐに食い切った。

あれえ・・・

お仙もまた、桶の因縁により、あえない最後を遂げたのである。

・・・

一説にはお仙は見つかることなく浅草諏訪町河岸に蟄居して新十郎と仲むつ

まじく暮らしたともいう。桶の因果噺は絶世の美女をそねんだ作り話かもしれな

いことを付け加えておく。

・・・

さて、

これで百夜の仕舞いとなる。

百の怪談をするとホンモノが出てくるという。

不幸をもたらすともいう。

・・・

私はここに仕掛けを設けた。

この「夜話」、0話から始まっている。

即ちほんとうは100話ではなく101話なのである。

番号的には100夜であるというだけだ。

大丈夫、大丈夫・・・

というわけで、

一旦「百鬼夜話」を終いにしたい。

次のシリーズにご期待ください、

・・・

って、いったい誰が読んでるんだろう。